「・・・・3つ数えたら、撃つぞ。」
最後の詠唱に合わせて構えるふたり。え、もしかして僕も?
あわてて印を切ろうとするけど、震えてうまく声がでない・・・
「?!! 伏せろ!!!」
突然、委員長が叫んだ。
その瞬間、ぞわりと寒気が走った。魔力。すさまじい大きさの。
思ったときには、吹っ飛ばされた体が思い切り壁にたたきつけられていた。
すごい衝撃。それだけでおさまらない、熱さと爆風。頭のなかまで焼かれるような光。
・・・・・やっと目を開いても、しばらく何も見えなかった。
ぷすぷすという鈍い音が床からけぶり、舞い上がった噴煙が部屋中を暗くしている。目が痛い。体も痛い。頭もガンガンする。・・・・それでもやっとなんとか身を起こすと、いきなり耳に飛び込んできた高笑い。
「オーッホッホッホ!!
飛空挺旅行社もずいぶんとおもしろいアトラクションを用意してくれますこと!」
「シャントット院長・・・・」
ため息のようにつぶやいた委員長が、がくりと膝をついた。
そう。もうもうと上がる煙が晴れていく中、すっかり廃墟になった部屋の入り口に姿を現したのは。思い切り背中を反らせてお決まりのポーズで笑う、見覚えのある金髪のタルタル。僕らの国、ウィンダスの口の院院長、シャントット様だ。
「それにしてもよござんしたわね!
わたくしがジュノの会議* から帰るところでなかったら
大変なことになっていましたわよ?」
そう言うとまた満足げにぐんと背中をそらす。さっきの怪物は、跡形もなく全部消し飛んだみたいだ。
「よくありませんよ。」
片膝で支えながらよろりと身を起こして、委員長が高笑いをさえぎる。
「あら。誰かと思えばゾンパジッパの息子ではないかしら。」
たった今気づいた、という風にシャントット様がぴたりと笑いを止めた。じろりとやられた視線に僕のほうがぞくりとする。が、委員長は動じない。
「・・・こんな狭い場所であんな魔法を使われて。
俺がはったシェルラが間に合わなかったら死人がでましたよ。」
「オーッホッホッホ!
ずいぶんと心配性ですこと!
結局は間に合ったのですからよろしいのではなくって?
まぁちょっとばかりきつかったかもしれませんが、
よい強化魔法の訓練になったと思いなさい!」
堂々とそう言い捨てると、シャントット様は何事もなかったかのように船着き場へと消えてしまった。
このときになってはじめて気づいた。部屋全体に、かなり強いシェルラがかかっている。そういえばさっきの爆風。シャントット様の精霊魔法。たしかにすごい熱さは感じたけど、焼かれる痛さはなかった。
すごい。まさかあの一瞬で、これだけの強化魔法がかけられるなんて。
信じられない。委員長、すごすぎるよ。
あんまり感動して、僕は馬鹿みたく口をあけてぼーっとしてたと思う。
「おい、俺は座る。ハックルリンクル、あとは任せたぞ。」
「え」
急に名前を呼ばれて、どきり。あわてて委員長のほうに向き直る。
「回復だ。怪我人がいるだろう?見えないのか?」
眼鏡の奥から睨まれてビクンって心臓が跳ねた。
「は、はいっ」
とっさに返事をして見回すと。──ああ、ほんとだ。暴れた怪物のせいで、部屋にいた人たちはみんなあちこち怪我して、倒れてたり、うずくまってたり。・・・怪物のせい、だよね?その後の爆風のせい、じゃない・・・と思うけど。
「ハックルリンクル、私も手伝いましょう」
駆け寄ろうとしたクロイドを、委員長が制した。
「いい。クロイドモイド、お前はジュノの警備隊への報告に行け。」
「しかし・・・」
委員長の声に、クロイドモイドが渋る。心配そうな顔でちらりと僕を見た。けど、座ったままの委員長はいつもの調子で。
「はやく行け。ここに来てシャントット様に会われるとまずい。
回復は、こいつに任せておけば大丈夫だ。」
ずきんとした。痛いんじゃなくて、嬉しすぎて。
ちょっと泣きそうになって、詠唱しかけたケアルがとまる。
「あの・・・?」
血がにじんだ腕を押さえて座り込んでいたヒュームの女の子が、おずおずとこちらを見上げた。
「あっ、ごめんなさいっ」
あわてて詠唱を再開する。
でも、どうしよう、嬉しい。やばい、ほんとに涙がでそう。
僕は、ケアルだけはわりと得意だった。MNDが、タルタルの平均よりちょっと高いらしい。ハイクラスへの編入のときも、そこを評価したって先生に言ってもらった。
だけど学科で大事なのは精霊で、僕はやっぱりそれがいっつもダメで。
それに別にケアルだって、特別よくできるわけじゃない。ハイクラスには、僕くらいの回復量をだせる子はほかにもいる。
それでも。
ちゃんと・・・・僕なんかでも、できることがある。僕の魔法が、役にたてることがある。それを、それをあの委員長が、わかっててくれた・・・のかな。僕なんかのこと、見えてないと思ってたのに。じんじんと、痛いみたいな嬉しさが熱くって、やっぱり涙がたまってしまった。
んん?まてよ? でも・・・そうかな?
単に、事の顛末をうまいこと説明するのはクロイドじゃないとできないってだけで。僕に回復を任せたのは、しかたなかったから?
ちょっと自信がなくなって、ちらりと後ろを見る。
うあ、目が合った。ヒーリングの姿勢のまま、委員長が眼鏡の下からじっとこちらを見ていた。びっくりして、急いで怪我人のほうに向きなおる。ヒュームの女の子の次は、壁際で頭を押さえるガルカへのケアルだ。
「おい」
背中に突然声がふってきた。
「は、はイぃぃっ?!」
ぎゃあ、かっこわるい。裏返って変な返事になっちゃったよ。でも、委員長はそんなこと気にしない風にいつもの声で
「お前、ケアルガって知ってるか?」
「あ」
思わず間抜けな声がでる。
ケアルガ。安全な場所での集団治療は、まずこの範囲魔法による全体回復を行なってから、個々の症状にあわせてケアルを配ること。魔法学校では一番最初にならった基本中の基本なのに。カーッと顔が熱くなる。けどとにかくあわてて詠唱をしなおした。
くっくっく、と押し殺した笑い。振り向くと、委員長が下を向いて座った姿勢のまま肩を揺らしている。くそう、ちょっと忘れてただけなのに。思わず眉毛があがる。口をとがらしてちらりとそっちを睨む。と、笑うのをやめた委員長。ふっと目をあげて、眼鏡の下から、こちらにむかってにやりとしてみせた。