★ Après un rêve ★


 夢を見た。
 いつもの夢だった。
 だから今さら、なにも思わない。
 いつものように支度をして、毎日が始まる。
 
 
 あの頃私は、まだ学校を出たてだった。
 人に褒められる金色の髪。
 素知らぬ顔をしてたけど、でもちょっと嬉しくて、お団子に結うときにいつも誇らしかった。

 ううん、別にきれいだねって褒められるのが嬉しかったわけじゃない。

 「キミのその髪、丸くまとめたらまるでエルシモアラウカリアの化石のようだね」

 ヘンなこと言う人、って最初思った。
 でも。
 そのあと図鑑で調べて見た、エルシモアラウカリアという名の古い南洋スギの琥珀の絵が。
 美しいって思ったから。


 
 あの頃私は、一生懸命だった。
 研究室に通って、あらゆる資料に埋もれて、時間を忘れて没頭した。
 「わからないこと」を見つけたくて。
 だってほかに知らなかった。
 「わからないこと」を聞きに行く。それだけが、話しかける理由だった。

 「やぁ、また質問かい? ルクスス」

 あの人はいつも、ちょっと頼りない顔で笑った。

 「先日アルテパから持ち帰られた化石なんですけど、年代の特定で少し迷っていて。」
 「ふむ・・・でも僕なんかに聞くより、
  ヨランオラン院長に聞いたほうがよくわかると思うけど」
 「でも、ヨランオラン院長のところには
  さっき口の院の院長様がいらして、新しい魔法の属性を検証しろって」
 

 突然、となりの研究室から響く爆音。と同時に轟く高笑いの声。
 瞑想中のまわりの研究員も、びくっとして跳ね起きた。

 「・・・院長は、あたしの質問に答えているお暇はなさそうなんで。」
 「たしかに。」

 ちょっと困ったように笑うと、あの人は化石を受け取った。

 
 考古学。
 それが、あの頃の私の研究だった。
 こんな研究をしている人は、鼻の院にもあまりいない。
 普通、みんな動物の生態学か植物学かを専攻する。たまにあるのが魔法の属性研究。もっともこれは口の院の専門ともかぶる。
 鼻の院の研究は、技術開発もかねている。
 だから創造性のすくない考古学は主流じゃなくて、わざわざそんな研究を選ぶ人は、実力があっても、変わり者だと言われていた。
 でも、考古学は、真実を追究することだって。あの人は言っていた。それは、ものすごく魅力的で。私はすぐに、その魅力に夢中になった。

 「キミは本当に優秀だね、ルクスス。」

そう言って褒めてもらえるのが、単純に嬉しくて。

 「だけど真実は、必ずしも『正しいこと』じゃないんだよ」

ときどき、あの人はふっと顔を暗くしてそう付け加えた。

 「でも、イルクイル先輩・・・」
 「真実は、いつも人に優しいわけじゃない。
  知りたくないこと、目をつぶらなきゃいけないことも、この世にはある。
  真実を求めて、真実を明らかにすることで、何かを傷つけることもある。
  僕らはそれを、いつも知ってなきゃいけない。」

あの人はそういって笑う。その笑顔がいつも少し頼りないのは、その恐れのせいかもしれない。

 「でもね」
 目の前に差し出された小さな小瓶。うながされて蓋をはずすと、ふわりと、たまらないやさしい匂いが鼻をかすめた。
 「考古学も、なにかを生み出すことができる。」
 そういってあの人は、机の上の花の化石を指した。
 「まさか、これ・・・」
 「成分を抽出して分析して、再現してみたんだ。まだ納得できない部分もあるんだけど。」
 あの人はそう言って、小瓶と化石を私に渡した。
 「続きはキミがやってごらん、ルクスス。
  キミなら完成できるだろう。」

 
 あの人が秘石調査隊として旅立ったのは、まだ暗い朝だった。
 池からたちのぼるもやが鼻の院を包み、消えかけの魔光草の明かりがにじんでいた。
 「じゃあ、行ってくるね。」
 見送りの群れに向かって、あの人はそう言って笑った。
 「気をつけて・・・無理しないでください。」
 ヨランオラン院長が、そっとその手を握る。
 「ありがとうございます」
 まるで最後みたいに手を握り返して、あの人が答えた。
 そうして、歩きだそうとする。それを見ていたら、何故だかたまらなくなって。
 「先輩・・・!」
 思わず、呼んでしまった。
 行こうとしていた背中が止まる。と、こちらを振り返って。
 「ルクスス、あとを頼んだよ。キミは本当に優秀だ。
  キミがいれば、僕のやり残した研究も心配いらないだろう。
  鼻の院に、キミがはいってくれて、本当によかった。」
 あの人は笑った。ちょっと頼りない、いつもの・・・どこか淋しげな笑い。
 「・・・キミが、こんなに優秀じゃ、なかったらなぁ。」
  

 
 夢は、いつもここで終わる。
 あのとき、私は動けなかった。
 すぐに目を伏せて歩きだしてしまった先輩の背中に、もう、声が、でなくて。
  
 

 あの人が、行方不明になった。
 そのあとすぐに、戦争が起こった。そして、勝利した。
 その前のことなんか忘れたかのように、国中が平和を祝った。
 鼻の院の院長になり、私はすぐ北の地へ調査に旅立った。
 あの人は、もう死んだという人もいた。
 でも、私は信じない。
 希望? ちがう、そんなのじゃない。
 遺体も、遺品さえ見つかっていない。まだなにも、証拠がない。
 真実を裏付けるためには、憶測ではなく、確実な検証と、動かない証拠がなければならない。
 私は、研究者だ。
 非科学的な推測なんて、信じない。
 

 
 あの人のしていた、北の地の研究をなぞる。
 ときどき、あの声を思い出す。  

 「ルクスス、あとを頼んだよ。キミは本当に優秀だ。
  キミがいれば、僕のやり残した研究も心配いらないだろう。」

 あのとき、先輩は私にそう言った。

 ああ、でも。
 あたしは優秀なんかじゃありません。
 先輩がいなかったら、あたし、研究なんて、なにもできませんでした。
 澄ましたフリして努力してみたって
 ほんの小さなことで 浮かれたり 心揺れたり
 泣いたり 立ち上がれなくなったりする
 普通の、ほんとにどこにでもいる、ただの、あさはかな小娘です。

 そう言ったら、先輩はどんな顔をするだろう。
 怖くて、でも必死で伝えたくて、なのに声がでなくて。
 暗く遠い向こうへ歩き去る背中がどんどん小さく遠くなっていく。
 夢は、そう、いつもここで終わった。

 

   けど。
 今朝は違った。
 歩き去る先輩の後ろ姿が、ふ、と止まった。
 そうして、こちらを振り向く。と、いつもの笑顔。
 「・・・さよなら。」
 視線が合った。あの、少し淋しげな笑顔で、先輩が言った。


 目が覚めたとき、少し頬が濡れていた。

 
   顔を洗い、鏡を見て思い出す。
 ああ、早く帰らなきゃ。
 ウガレピの調査に時間をとりすぎた。鼻の院の研究員たちもきっと心配している。後に残してしまった氷河の調査班も気になる。
 それに・・・うん、まだまだやらなきゃいけないことが沢山ある。

 
 「こらこら、リーペホッペ。何を暴れているのです?
  あたしなら、ちゃんと帰ってきましたよ。」
 「!!!
  ルクスス院長〜! おかえりなさいだっぺ!」

 そう、私は、ちゃんと帰ってくる。
 黙っていなくなったりしない。 どこかへ消えたりしない。
 自分の役目を果たす、責任があるから。
 思いを残して途中で、消えてしまったりしない。
 かならず、あの人の答えを探し出す。

 それくらいが、私が継げる最後のことだから。



écrivassière : みやぴん
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送